プロジェクトを進めていると、必ずぶつかる壁があります。
営業は「顧客の要望だから入れてくれ」と言う。開発は「これ以上は無理だ」と言う。運用は「そんな話は聞いていない」と言う。そしてPMには、誰かに命令できる権限がない。
ステークホルダー調整は、PMの仕事の中でも特に「正解がない」と言われる領域です。でも、25年現場に立ってきて、うまくいく調整にはひとつの共通点があると感じています。
それは、「お願いのストーリー」があるかどうかです。
調整がこじれる本当の理由
人は、自分の役割からしか景色が見えない
プロジェクトでも日々の業務でも、人はそれぞれの役割で動いています。営業には営業の責任があり、技術には技術の責任がある。
そして、役割が違えば、同じ状況でも見え方がまったく変わります。
- 営業から見れば「顧客を失うかもしれない危機」
- 開発から見れば「品質を壊しかねない無理な要求」
- 経営から見れば「採算の問題」
誰も間違っていません。ただ、自分以外の役割が見えていないとき、人は自分の都合だけで主張しがちになります。調整がこじれるのは、多くの場合ここです。
正論では、人は動かない
ここでPMがやりがちなのが、正論で説得しようとすることです。
「全体最適を考えれば、こうするべきです」
正しい。でも、どれだけ論理的に伝えても、人は動かないことがあります。人は正論ではなく、感情で動くからです。
信頼がなければ、正しい言葉も届きません。PMは正論を磨く前に、聞き入れてもらえる信頼を積み上げる必要があります。
調整の基本:「お願いのストーリー」をつくる
では、どうすれば立場の違う人が動いてくれるのか。
私がやっているのは、次の3つを一本のストーリーにして伝えることです。
- 他の役割の人たちが、どんな責任を負って、どう動いているか
- チームや組織全体として、どうバランスを取りたいのか
- そのために、あなたにこれをお願いしたい
ステップ1:相手に「他の役割の景色」を見せる
最初にやるのは、相手に見えていない景色を見せることです。
「営業の〇〇さんは、今月中に回答しないと顧客との契約更新が危ういという立場で動いています。一方で、開発チームは来週のリリースに向けて手一杯で、品質を落とさないギリギリのところで踏ん張っています」
責めるのでも、説得するのでもなく、ただ事実として、他の人の責任と動きを共有する。それだけで、相手の主張のトーンが変わることがよくあります。
ステップ2:全体のバランスを示す
次に、全体としてどう着地させたいかを示します。
「どちらかを犠牲にするのではなく、顧客との関係も品質も守れる形で着地させたいと考えています」
ここで大事なのは、PMが誰かの味方ではなく、全体の味方であることを示すことです。
ステップ3:「お願い」として依頼する
最後に、具体的なお願いをします。
「そのために、〇〇さんには、△△の部分だけ先に対応していただけないでしょうか。全体を守るうえで、ここが一番効くところなんです」
人は、頼まれることが好きな生き物
このストーリーの肝は、「お願い」の形をとることです。
人は、頼まれることが好きな生き物です。特に、自分の行動が全体に貢献できるとわかったとき、人は驚くほど協力的になります。
命令や要求として伝えると、相手は防御します。全体への貢献として「お願い」すると、相手は自分の意思で動いてくれる。この違いは、とても大きい。
全体に貢献できることを伝えて依頼できれば、調整のおぜん立てはほぼそろっています。
依頼の文章には「背景」を必ず入れる
リモートワークが増えて、調整の多くはチャットやメールで行われるようになりました。文章では、ニュアンスひとつが大きな意味を持ちます。
結果だけを求める依頼は、人を動かしません。
NG
「〇〇の資料、明日までにお願いします」
OK
「明後日の顧客報告で、〇〇の数字を示す必要があり困っています。明日中にいただけると、報告の準備が間に合います。急なお願いで恐縮ですが、お力を貸していただけないでしょうか」
どんな背景で、何に困っていて、なぜ依頼しているのか。それを伝えると、相手の動き方が変わります。人は、困っている人を助けたい生き物だからです。
頼み方が雑な依頼は、雑な成果になって返ってきます。
正攻法が通じないとき:上からの調整と「根回し」
どれだけ丁寧にストーリーを伝えても、動いてもらえないことはあります。
そのときの選択肢のひとつが、組織の上から働きかけてもらう方法です。ただし、これには十分な準備が必要です。やり方を間違えると、「上に告げ口した」と受け取られ、現場との関係が壊れます。
大義名分を一貫させる
上を動かすときに必要なのは、大義名分です。
自分の都合や、特定の部署の利益のためではなく、全体を改善するために動いていることを、最初から最後まで一貫して説明する。相手が誰であっても、言うことを変えない。これが、上からの調整が「横暴」ではなく「正当な判断」として受け入れられる条件です。
「1分で話せる」まで濃縮する
もうひとつ大事なのが、説明の短さです。
説明が複雑で難しいと、人は受け入れません。特に忙しい役職者ほど、長い説明は聞いてもらえない。
だから、伝える内容を本質だけを詰め込んだ、1分以内で話せるストーリーに濃縮します。
「現状:〇〇で止まっている。影響:このままだと△△が起きる。お願い:□□の判断をしていただきたい。理由:全体として××を守るため」
この4行に収まらないなら、まだ自分の中で整理しきれていないサインです。
根回しは、会議の前に終わっている
そして、上を動かす前には、必ず関係者への根回しを済ませておきます。
会議の場でいきなり上から決定を下ろすと、現場は「聞いていない」と反発します。事前に一人ひとりと話し、懸念を聞き、全体を良くするための判断であることを共有しておく。
根回しは、会議が始まる前に終わっているものです。
調整で信頼を失わないための心得
不毛なことを言う相手にも、誠実に
調整の場では、どうしても相性の悪い相手や、建設的でない意見を言う人に出会います。
それでも、雑に扱わないことです。雑に扱えば、それが攻撃の隙になります。敵をつくることは、状況を確実に悪化させる。プロジェクトを良い方向に導きたいなら、敵をつくらないことが、最も合理的な選択です。
権限がないことを嘆かない
PMには、多くの場合、人を動かす直接の権限がありません。
でも、権限がないことを嘆いても、状況は変わりません。どうやって周りを巻き込んで突破するか。そこに頭を使うのが、PMの仕事です。
影響力は、肩書きからではなく、「この人なら何とかしてくれる」という信頼から生まれます。関係者それぞれの不満を理解し、それを解決しようと動く姿を見せ続けること。それが結局、一番の調整力になります。
まとめ:ステークホルダー調整のコツ
- 調整がこじれるのは、相手が自分以外の役割を見えていないから
- 正論ではなく、「お願いのストーリー」で伝える
- ストーリーは「他の役割の責任と動きを共有する → 全体のバランスを示す → 全体への貢献としてお願いする」の順
- 依頼の文章には、背景と困りごとを入れる
- 上を動かすときは、大義名分を一貫させ、1分で話せるまで濃縮する
- 根回しは会議の前に済ませる
- 敵をつくらず、権限がないことを嘆かない
調整とは、立場の違う人たちの間に、ひとつの物語を通すことだと私は考えています。全員が「それなら自分も動こう」と思える物語。それをつくるのが、PMの腕の見せどころです。
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西村 幸一 / Open Field
IT業界25年。PM支援・要件定義・Excel業務効率化。
X:@kn_246
